私の場合、いわゆる「えびフライ」婚

By | 2015年6月1日

大学卒業し、就職し、2年目と結婚しました。そのとき、5年ぐらい付き合っていた彼女と結婚したわけですが、そのきっかけは、「えびフライ」でした。

当時、自宅から職場に通っていた私は、毎日、母にお弁当を作ってもらっていました。薄給だったため、意外にお昼代がかさんでいたので、父もお弁当を作ってもらっていたため、ついでに作ってもらうことにしました。

ところが、毎日毎日、えびフライだらけだったので、「えびフライは飽きた」というと、母は、毎日作っているのに文句を言われたことに激怒。私も、今までの母への不満が爆発。もうこうなったら、家を出るしかないと考えました。

それまでも家族の関係は良好とは言えないものでした。それでも長男の私は、知らず知らず、調整役になっていました(心理学的にもそれなりに根拠のあるようなことのようですが)。もうその我慢も限界に達していました。

そこで、どうやって家を出てやろうか考えました。そこで、もうこれ以上モテることもないだろうということで、結婚して家を出てやろうと決心しました。今考えれば、浅はかといえば浅はかですが、当時は勢いがありました。彼女に「家を出たいんだけど、どうせどこかで結婚すると思うし、これを機会にどう?まあ、あなたの返事に関わらず、家を出るのは出るんだけど。」と電話で言いました。これがいわゆるプロポーズだったということになります。彼女からは、「よっしゃ」という返事だったのですが、内心は、なんとも言えない気持ちだったようです。

そこからとんとん拍子にすすんで、半年後に結婚して家を出ました。そこまでもいろいろあったことはあったのですが、まずは無事家を出ることができました。

結婚自体は、それなりで、可もなく不可もなくですが、今、あれから20年経過し、もっと早くに自立する道を選んでおいたら、あわてて結婚しなくて済んだんではないのかと思うことはあります。同級生でも会社の同期でも相当早く結婚したため、若い時に遊ぶことをしなかったことが結構心残りです。もっとも当時の私にそのような考えがなかったので、実際、遊ぶことはなかったのでしょうが。

若さゆえの狭い世界で、世の中を見てました。それは親の関係でもそうだったということなのでしょう。

いずれにせよ、◯◯婚でいうと、我が家は、「えびフライ」婚ということになるのでしょう。なんともロマンチックとは対極な結婚でした。いまだに後輩、友人の結婚式に行くたびに、不機嫌な気分になります。幸せいっぱいの結婚が自分の人生でもっとも足らなかった部分になるのでしょう。