Monthly Archives: 6月 2015

私が理想の人と出会うまでの婚活苦労話。

若い頃はわりと苦労せずに両想いになってつきあえたのに、歳を重ねていくと出会い自体も減り、両想いになってつきあえるパターンがめっきり少なくなってしまいました。

たとえ好きな人ができても、彼女がいたり、恋愛より仕事優先だったり、まったくこちらに関心を示してくれなかったり…。

コンやカップリングパーティーにもたくさん出席しましたが、なかなか自分がいいと思える人とは出会えませんでした。中には「つきあおう」と言ってくれた人も数人いましたが、なぜか私はその人たちのことをまったく好きになれないのです。

「人としてはいい人だし、結婚したら幸せになれそうなんだけど、男としての魅力を感じない」そんな人たちばかりから告白されました。

その後にもネットの婚活サイトも利用してみました。

中でも最近はやりだと友達に聞いた無料のFacebook婚活アプリを使ってもみました。

ですが、無料のFacebook婚活アプリを使ってみても同じくいいね!をもらう男性にはあまり興味がなくて、実際に無料のFacebook婚活アプリを通じてお会いした男性もいましたが今までと同様に男としてみることができませんでした。

これは自分にも何か原因があったのでしょうか。いまだになぞです。

出会いもないのに、えり好みするなんてわがままと思われるかもしれませんが、どうしても自分の中で納得できないのです。

「好きになる人とはうまくいかないけれど、タイプじゃない人からは好かれる」そんなパターンに悩む人は多いのではないでしょうか。

自分の理想が高すぎるのか、どこかで妥協しないといけないのか悩みどころでしたが、やっぱり好きになれない人とはつきあえません。

「この出会いを逃したら、私はもう一生独身かもしれない。」と不安にかられつつもタイプではない人とはつきあうことはせずに独身のさびしい時代が続きました。

彼氏もいない結婚もしていない自分がみじめで卑屈になりかけていました。けれど、卑屈になってしまってはそれこそ出会いのチャンスも逃すし、魅力を感じてもらえないだろうと思い、苦しい時も笑顔で過ごすことを心がけました。出会いがなくても身だしなみには気を付けたり、料理をしたり、いつでも人を呼べる状態の部屋をキープしたり、いろいろな人に「誰かいい人いたら紹介してね」と宣伝したり、努力できることはしてみました。

そうすると、なんだか出会いのチャンスが増えてきたのです。

友人たちから男性を紹介される機会が増えました。当然、タイプじゃない人との出会いもありました。けれど、心のもちようを変えてみたのです。

タイプじゃなくても一度つきあってみたらどうかと。そうして「よし、これが最後のチャンスと思おう。もしタイプじゃなくてもつきあってみよう」と覚悟を決めてのぞんだ最後の出会い。

ドキドキしながら相手の顔を見ると、まさに自分のタイプそのものでした。こんなことってあるんだ!運命の出会いを感じた瞬間です。

出会ってすぐに意気投合し、今ではその人が私の主人です。ドラマみたいな出会いってあるんだなとつくづく思いました。夢みたいな本当の話です。

手をあげるDVの彼となかなか別れられなかった私。

彼とは友達の紹介で出会いました。付き合い当初はわかりませんでしたが、独占欲が強く美容師さんが男性でも嫌がるような彼でした。

また、彼と食事に行って、店員さんに会釈などすると機嫌が悪くなり、お店を出た後に説教じみたことが始まります。

こんなことがしょっちゅうでした。それを徐々に苦痛に感じるようになって、男友達にメールで相談するようになりました。

その時、携帯をチェックすることはなかったので、気にせずメールを続けていました。ある時、彼と旅行に行ったときに「何か隠し事がない?」と言われました。

「真剣に今後のことを考えているから悪いと思ったけど探偵やとって調べてから」と言われ、私はかなり焦りました。付き合っているときに、何もやましいことはなかったのですが食事に何度か行って相談ごとをしていたからです。

こんなことも全部わかっているんだなぁ・・・と思い、すべて話しました。そうすると「携帯見せて」と言われ、見せない選択はありませんでした。

そこには、彼の独占欲の強さや私が精神的にまいっていることなどメールに残っていたので、それを見てかなり激怒しました。怒りが収まらなかったせいか、首を軽くですが絞められました。

やっぱりこの人おかしい・・・と思い恐怖感を覚えました。その後、けんかの様ないい争いをし、仲直りできない状況で自宅に帰ることになりました。

帰る途中で、今度は背中や頭を叩かれたり、また怒りがこみ上げてきたみたいでした。この人とはもうないなぁ・・・と思って最後駅についてさよならをする時に、普段絶対泣かない強い人が泣いて、「もうしないから、ごめん、次したら別れても良いから」と言いました。

涙することが意外で、私も悪いことをしましたし、彼も手を上げたことを反省しているようであったので許してしましました。そして、それからは毎回のデートで私がメールしてて裏切ったと何度も何度も言われ、精神的に追い詰められたときです。その毎回言われることに対して、「しつこい」と言ってしまったため、また彼の逆鱗の触れました。

再度手を上げるような行動に出たのです。この時、もうないなぁ・・・と確信しましたが、前回と同じように「もうしない」と言われ許してしまったのです。

いつか変わるのではないかなぁ・・・という気持で毎回毎回許してしまいました。これがその後、何度続いたことでしょうか。1年経過していました。

そのことを信頼する女友達に相談すると、「なかなか人はかわれないものだよ」と。確かに納得です。同じことの繰り返しを何度もしていましたから。これをきっかけに、ようやく彼と別れる決意をしました。

回りからはよく別れられたね、別れない、とか言われなかった?と。ただ、よかったことはそこまで遠くないものの距離があったのでそれがいいきっかけにきっぱり別れることができました。男性で手を上げる人は絶対だめだなぁ、と本当に改めて思いました。

同じ競技をする6歳年下の男性への片思い

恋愛をするきっかけは様々だと思いますが、やはり同じ時間、同じことを一緒にやっていたりすると意外な部分に気が付いたり、ふょっとした仕草により惹かれてしまうという事があります。

私は20歳代は仕事を優先にし、職場で上司との恋愛をしていました。しかし、会社の業績に関して口論となったり、プライベートに仕事を持ち込むようになり、最終的には私が店舗の異動などにより会えなくなってしまい自然消滅をしてしまいました。その後、会社を転職したのですが、前職と違い休日がしっかりと取れる仕事だったのでプライベートを充実させたいと思いスポーツを再開させました。

高校まで行っていましたが、体育大に行きましたがレベルが高すぎたために入部が出来ず断念。30歳を過ぎてからのスポーツの再開となりました。趣味で行うスポーツというのは、ある意味会社とは違った出会いの場であり、仕事ばかりの生活とは違いどんどんとスポーツの世界にはまっていきました。

スポーツをしていると、自分よりうまい相手に目を引かれますし、ちょっと優しさや振る舞いが、心に響きます。30歳を過ぎての斉木でしたが、やはり大学でできなかった未練もあり、全国大会出場を目指すチームに所属をする事を決めました。

だんだんと、交友関係も増えていく中でうまい選手で協議を続けている選手というのは20代前半から半ばまでの選手が多く、そんな中ある一人の選手に目を引かれるようになりました。

高校でも全国大会出場、大学でもインカレで1部に所属という実績を持つ選手です。チームは別のチームで、たまに女子の私のチームのお手伝いをしてくれていたのですが、徐々に惹かれるようになり、フェイスブック上の繋がりでメッセンジャーでのやり取りしかしていませんでしたが、いつの間にか恋愛に発展していきました。

お互い、当時付き合っていた相手の話をしたり、競技の結果の話をしたり、お互い猫が好きでそんな話をしたり、猫カフェに行ったことがないから行ってみたいなどと言う話をしたりしていて、メッセンジャーでの会話は盛り上がっていました。しかし、歳の差もあり実際に会える頻度というのはほとんどなく、一緒に試合に出るという事もなく、相手の情報もフェイスブック知るという感じでした。

そんな時、昨年12月までは彼女がいないとはなしていたのですが、1月の練習の後にメッセンジャーでやり取りをしている際に新潟の方からのメッセージが飛んできました。

やり取りをしているうちに12月末に彼女が出来ました!という報告を受けました。その時に、私は単なる友達(というよりこちらからメッセを送ることが多く、几帳面で返信をしてくれているだけだったようで。)で、単なる共通の話題と状況がわかr話すだけの相手でれ、少しも恋愛の対象としては見てくれていないんだと思いました。

その後、フェイスブック上では繋がっていますが、メッセは送らないように控えましたし競技でもほとんど会う事はなくなりました。

彼女とディズニーに行ったり、別の仲間と試合に出ていたりする様子をみるたびに、やはり6歳年上の女性で、スポーツをしている女性よりもスポーツをしている男性なら女性らしく自分を支えてくれるような女性を好きになるんだと思い、私の恋愛は終わりました。

長い友達関係の果てに起こった結婚前のハプニング

当時付き合い始めの彼からの誠実なアプローチで、半同棲生活をスタートさせたばかりの頃のことです。

営業先で、今後フォローしなければいけない顧客リストを手に、引き継ぎの挨拶周りをしていました。
一人だけ、なかなかお会いすることのできない方がいて、やっとその方を見つけられた時に『やっと見つけれた!』という感情と、
名前だけでは想像できなかったいい印象を持って、不思議な感激のような気持ちになりました。

後日、今後のフォローのためにアポイントを依頼すると、商談後に食事に誘われました。
私としては、彼氏と暮らしている家に急いで帰らなければという気持ちもありましたが、
これもフォローの一環かと割り切って食事に出かけました。

その顧客の方とは、いい意味で、友達のような兄のような何でも話せる関係にはなりましたが、恋愛感情は抱いていませんでした。

それからしばらく、同棲中の彼との仲も雲行きが怪しくなり、出ていきたいけれど、帰る場所がないと思い悩みながら生活をしていました。
ある日、とても激しい喧嘩になって家を飛び出し、ふと自分の友達ではなくその兄のように頼りがいのある顧客の方に電話をしてしまった自分がいました。

電話口で、夜中にも関わらず『どうしたの?』という声にすごくホッとしたことを覚えています。

同棲中も、今後将来をともにするなら、今の感情とお給料のアップダウンの激しい彼氏よりも、
この顧客の方のような、物事に動じず、マイペースで収入も安定している人の方が、自分には合っているのではないかと思うこともありました。
ですが、もともとがお客様と営業マンの関係で、そこを超えてはならないように思っていましたし、
直接的に、恋愛感情を抱いているようにも思えてはいなかったのです。

その後、同棲は解消して実家に戻り、転職もしました。
そのもと顧客であった方とは、食事に行くくらいの仲でしたが、恋愛に発展することもなく、2,3年たちました。

その間にも、他の男性とおつきあいしたりしましたが、すぐに終わっていました。

いつも心のどこかで、そのもと顧客であった彼のことが気になるのです。
その人といた方が、ありのままの自分でいられるし受け入れてくれるのです。
それはわかってはいましたが、それが彼を必要としていて恋愛感情であるとは気がつきませんでした。
また、彼の方からも何も言ってくることもありませんでした。

ずっと友達以上恋人未満の関係でした。

そんなある日のドライブ中に、事故に遭いました。
私も彼も軽傷で済みましたが、自分の運転で事故に遭わせてしまったことで、めずらしく彼が落ち込んでいたのでわざと少し気丈に振る舞っていたら
『ずっと一緒にいて楽しいから、ずっと誘ってきたんだよ。今日危ない目にあわせてしまってごめん。
これくらいで済んだからよかったけど、これからは絶対に俺が守るから。ずっと言えなかったけど、結婚してほしい』
と言われたのです。

驚きと、この事故がなかったらどうなってたんだろうという疑問と、自分もすごく彼を思っているという気持ちがあふれて爆発しそうでした。
ずっと友達のような、兄妹のような関係で煮え切らない私たちに起こるべくして起こったハプニングでした。

その後、気恥ずかしいながらも手を取り合って、結婚へと進み、結婚して今もなお仲良く暮らせているのは、
長い長い準備期間があったからだなと思っています。

回り道してしまったけれど、あの頃と変わらず今も夫を尊敬し、頼りにして幸せに暮らしています。 

キューピットが届けてくれる恋の味

 あなたは今、好きな人や気になる人がいますか?意中の人がいると、それだけで毎日が楽しくなります。逆に好きな人や気になる人がいないと、つまらない毎日になってしまうのです。今日は私が友人の恋愛相談を聞いた時の出来事と、そこから気づき感じた事をお話します。

 ある日の事です、友人が真剣な表情で我が家に遊びに来たのです。私はいつもと様子が違う友人に少し戸惑いながらも、友人を家の中に招き入れ、何があったのか事情を聞く事にしました。すると、友人が「実は、好きな人ができました」と言ってきたのです。私は自分の事のように喜び、応援する事を友人に伝えると、友人は「応援じゃなくて、協力してくれませんか?」と頼んで来たのです。そして、私は恋の応援ではなく、協力をする事になったのです。

 その日から私は恋のキューピットに扮し、友人と意中の子を対面させる場をセッティングしたり、デートスポットを提案したり、雰囲気の良いレストランを予約したり、多方面から友人のサポートをしました。そして、3回目のデートの日に、彼は勇気を振り絞って自分の想いを彼女に伝えました。その甲斐あってか、見事友人の恋は成就し、意中の彼女と恋人関係になったのです。

 好きな人や気になる人がいると本当に毎日が楽しくなる事を、私は恋愛相談を通して友人から教えてもらった気がします。「好き」と言う気持ちは、人をキラキラ輝かせる不思議な力があります。いつまでもその気持ちを忘れない事で、人は毎日が楽しくなり、生きがいにもなり得ると私は身をもって感じたのです。

そんな友人から刺激を受けた私は、以前から思いを寄せていた女性に気持ちを伝えることを決意しました。友人の手助けをしていた時は、あんなにも積極的に行動できたのに、いざ自分の事になると消極的でマイナス思考に陥り、何も行動ができなくなりました。
友人の時は、恋が成就するイメージしか抱けなかったのに、自分の恋のイメージは失恋ばかり。そんな私を見かねた友人が、今度は私のキューピット役を買って出てくれました。

 しかし、現実は厳しいものです。デートに漕ぎ着ける前に玉砕しました。友人が彼女の友達から、彼女には既にお付き合いしている男性がいることを聞き教えてくれたのです。それまでのドキドキは一瞬にして消え失せ、明日からの生きる希望を失ったと言っても大袈裟でないほど落ち込みました。
 失恋は、いくつになっても何度味わっても、やっぱり涙のショッパイ味がします。

人生観を変えた2度目のウエディングベル

今から5年前、彼と出会った。
その頃彼には妻子がいた。私は離婚を経験し、二人の娘を育てながら働いていた。

彼とは同じ会社で出会った。

ただ、彼とは支店が違い、他県で遠距離だった。それでも、初めて会った時から互いになぜか惹かれ合い、気になる存在になっていた。ただ、私には彼の左の薬指にはめてある指輪がどうしてもひっかかり、それ以上前に進む事を許さなかった。

だけど、何度か話すうち…想いは強くなり、彼に自分の気持ちを伝えたいと思った。

まるで高校生の頃の恋愛に似た感じがした。

彼と付き合いたいとか、家庭を壊したいとか、自分のものにしたいとか、そんな事は考えてなかった。ただ、自分の抑えられない気持ちをどうしてもわかって欲しくて、自己満足の為に告白したのかもしれない。

彼はかなり驚いた感じだったけど、少し間を置いて…家庭があるけど、つきあってほしいと言ってきた。
それがどういう意味なのかはいい大人なら理解は出来るはず。

それでも当時の二人にとっては、特別な時間を持つ事で、日頃嫌な事があっても、ストレスを感じても、耐えられりだけの効力があった。

でも、付き合い初めて2年が経過した頃、彼は本気で離婚を考え始めていた。また、私も彼を独り占めしたいと思うようになっていた。いけない関係だとは十分わかっていることなのに、互いに想いが強くなればなるほど、もう歯止めがきかなくなっていた。

そんな時だった。運がいいのか、悪いのか…奥さんに二人の関係がばれてしまった。
そこからは、地獄のような泥沼状態の始まりだった。

だけど、どんな状況になっても、二人の気持ちは揺るがなかった。それどころか強くなるばかりで、互いの存在がどれだけ大切なのか思い知る事が多かった。
世間から見たら非常識極まりない事。

たくさんの人を悲しませ、苦しませ、悩ませた。だけど、人の想いだけはどんなにお金を積んでも、頼んでも、どうにかなるものではなかった。
私自身、結婚して、離婚した理由が主人の浮気だった。でも、今思えば浮気じゃなく、本気だったから離婚になったのだ。

主人の心が私にあれば、他の女性に心が移る事はまずない。

つなぎとめておく事が出来なかったのは、自分にも責任がある。今回の経験でそれがわかった。不倫を肯定してるわけじゃない。

ただ、夫婦になったからと言って安心するのではなく、常に相手を思いやり、慈しみ合い、助け合わないと、いつの間にか一緒にいる事が当たり前になって後悔する事態を招く恐れがあるということ。

結婚はゴールじゃない。本当にスタートだと思った。私は今、ようやく二度目のスタートを切ろうとしている。
今度こそ、同じ事を繰り返さない為にも、残りの人生を悔いのない様に生きていきたい。

恋愛には様々な形がある。
どんな恋愛も間違いじゃない…

ズルズルと続いてしまったせフレとの関係

20代の半ばくらいの頃の話です。

私はその頃お酒が大好きで、よく一人で飲み歩いていました。

あまりお金も無かったので、大衆居酒屋のカウンター席で一人で飲むという、オヤジのような飲み方をよくしていました。

そんなある日、隣に座っていた男の人が私に話しかけて来たのです。

よく一人で飲んでるの?女の子が一人なんて珍しいね…と言った感じだったと思います。

そのまま話し続けて、なんとなく意気投合して、二軒目に行こうという話になり、終電近くまではしごしてしまいました。

その人は私より5歳くらい年上の人でした。

別れ際に強引にキスをされてしまい、酔っているのもあって私もクラっとしてしまい、そのままホテルへ行ってしまいました。

今思うとなんと軽率なことを…と思いますが、その時はそのありえないシチュエーションが刺激のプラスとなり、お互いにすごく盛り上がってしまいました。
私にとっては、それまでで一番興奮してしまった夜でした。

次の日の朝、ホテルを出て、何事もなかったようにじゃあねと別れて、あぁ、こういう行きずりの関係もあるんだな…なんて思っていたら、数日後にまた彼から連絡がありました。

次はいつ会える??といった内容のもので、こういう関係は続けないほうがいいのかとも思いながらも、次の約束をしてしまいました。

次の時も、同じように二人で飲みに行って、その後ホテルに行くという流れでした。

お互いに、付き合おうとかそういう話は一切しなくて、ただ激しく身体を合わせあうというだけで、それってどうなの?と思う自分と、しがらみがない分楽しめてしまう自分がいて、もうどうにでもなれという気持ちでした。

今思い返しても、自分が彼のことを好きだったかどうかわかりません。

好きになるほど彼のことを知らなかったのだと思います。

彼も同じで、私のことはただの都合の良い女だと思っていたのだと思います。

それでも、少し経つと彼に会いたくなってしまっていたのは、私もひとりぼっちで寂しかったのだと思います。

その後も、忘れた頃にお互いにどちらかが連絡をしあって、会っては同じようなことを繰り返していました。

結局そんなことが、3年くらい続いたんじゃないかと思います。

最後の方はどちらともなく連絡を取らなくなり、最後は私が携帯を変更した時に連絡先を教えなかったことでおしまいになりました。

本当に不思議な関係でしたが、長い付き合いでもあった人なので、今何をしているんだろう??…なんてたまに思い返すこともあります。

私の場合、いわゆる「えびフライ」婚

大学卒業し、就職し、2年目と結婚しました。そのとき、5年ぐらい付き合っていた彼女と結婚したわけですが、そのきっかけは、「えびフライ」でした。

当時、自宅から職場に通っていた私は、毎日、母にお弁当を作ってもらっていました。薄給だったため、意外にお昼代がかさんでいたので、父もお弁当を作ってもらっていたため、ついでに作ってもらうことにしました。

ところが、毎日毎日、えびフライだらけだったので、「えびフライは飽きた」というと、母は、毎日作っているのに文句を言われたことに激怒。私も、今までの母への不満が爆発。もうこうなったら、家を出るしかないと考えました。

それまでも家族の関係は良好とは言えないものでした。それでも長男の私は、知らず知らず、調整役になっていました(心理学的にもそれなりに根拠のあるようなことのようですが)。もうその我慢も限界に達していました。

そこで、どうやって家を出てやろうか考えました。そこで、もうこれ以上モテることもないだろうということで、結婚して家を出てやろうと決心しました。今考えれば、浅はかといえば浅はかですが、当時は勢いがありました。彼女に「家を出たいんだけど、どうせどこかで結婚すると思うし、これを機会にどう?まあ、あなたの返事に関わらず、家を出るのは出るんだけど。」と電話で言いました。これがいわゆるプロポーズだったということになります。彼女からは、「よっしゃ」という返事だったのですが、内心は、なんとも言えない気持ちだったようです。

そこからとんとん拍子にすすんで、半年後に結婚して家を出ました。そこまでもいろいろあったことはあったのですが、まずは無事家を出ることができました。

結婚自体は、それなりで、可もなく不可もなくですが、今、あれから20年経過し、もっと早くに自立する道を選んでおいたら、あわてて結婚しなくて済んだんではないのかと思うことはあります。同級生でも会社の同期でも相当早く結婚したため、若い時に遊ぶことをしなかったことが結構心残りです。もっとも当時の私にそのような考えがなかったので、実際、遊ぶことはなかったのでしょうが。

若さゆえの狭い世界で、世の中を見てました。それは親の関係でもそうだったということなのでしょう。

いずれにせよ、◯◯婚でいうと、我が家は、「えびフライ」婚ということになるのでしょう。なんともロマンチックとは対極な結婚でした。いまだに後輩、友人の結婚式に行くたびに、不機嫌な気分になります。幸せいっぱいの結婚が自分の人生でもっとも足らなかった部分になるのでしょう。

傷ついて心がボロボロになった不倫

お相手の方は福岡に住む既婚男性でした。

当時私は地方のキャバクラ勤めをしていて、その時出張で営業活動に来た彼が地元のお客さんに接待されて私の働く店にやってきたのがきかっけでした。

私と彼が同郷だということが私との会話からわかったようで、初めはその話で盛り上がっていました。その日はたまたま店が暇でして、移動せずにずっと同じ席で接客していました。そろそろ彼を含む数名が引き上げるということで最後に社名入りの名刺を頂きました。裏にプライベート用のメールアドレスをその場で書いてもらいましたが、こんなことはよくある話なのでその日の帰りには忘れていました。

そして1ヶ月後彼はまた出張で来店しましたが今度は一人でやってきました。すっかり彼のことなど忘れていた私を指名して横に着いた時に「会いたいから来てしまった」と言われました。しかし水商売をやっていて男性からそんなセリフを聞くのは日常茶飯事でした。社交辞令のようにそんな言葉が飛び交っている世界でした。その日はマンツーマンでつくことになりいろんな話をしました。

彼は単身赴任で福岡に来ていて地元には奥さんと子供二人がいるものの、既に次女が産まれた時から家庭内は崩壊していて単身赴任でホッとしているとのことでした。彼は営業マンだからか元々の気質なのか非常に人から話を聞き出すのが上手で、逆にこちらが接客されているような気分でした。すっかりと心を許してしまいました。団体のお客様が来て席を離れる前に私から自分のメールアドレスを伝えました。

そうなってからは男女の関係になるまでは早かったです。既婚者はダメだと頭では理解していても体は別の行動をします。彼の住む福岡にも頻繁に会いに行って彼の家に泊まっていました。

あれは冬の2月、雪の降る寒い朝でした。彼の家で彼が出勤した後、一人でぼっと部屋に寝転んで何気なく壁に貼っているカレンダーを眺めていました。キャラクター物で殺風景な部屋には似つかわしく、まだ2月なので残りの月の絵柄が気になりました。立ち上がりパラパラとめくっていると、一番最後の12月のカレンダーの裏側の壁に何か写真が貼ってありました。

それは彼を真ん中に娘さんと息子さんが写っていてプリクラか何かで撮影されたものでした。ジワジワと自分がなんて間違ったことをしているんだろうという気になりました。

いい気になって人の旦那のところに来て泥棒みたいだなと自分を憎みました。彼には何も言わず荷物をまとめて予定より早く飛行機に乗り帰りました。水商売をやるのも嫌になり地元に戻り職も変えました。携帯も変えたので彼から連絡があったかどうかはわかりませんが、もう不倫は懲り懲りです。

親族のみ少人数披露宴での親友からのメール

私の結婚式はお互いの両親と兄弟,相手の祖母と私の従妹のみ20人程でささやかな婚式と披露宴でした。

友達にも直前にやめた会社の人にもほとんど話していない結婚式だったけど、式の当日に大学時代の親友と会社で仲良くしていた年下の子からメールがあって感動した事を思い出したので書きます。

結婚式についてはできちゃった婚でもなくお互い初婚なんだけど、彼にお金がなかったのと二人とも倹約家だったので結婚式なんて無駄だろ~って事でしないつもりでした。

私は女だしやっぱりウエディングドレスは着たいから写真だけでも撮りたかったけど・・夫は結婚式自体しないつもりで少しもめて話あって、どうせなら親に感謝の気持ちを込めて家族だけで結婚式をあげようということになりました。

私がしたいと言ってやることになった式なので、安くても思い出に残る式ができるところを一人必死に探して2~3個悩んだところを夫と一緒に行って決めました。

結婚式は安いプランでしていてもウエディングドレスや小物で高くなってしまうので、衣装はいまどきの感じではないけど可愛いものにしてほとんど追加料金をなしにして生花のブーケは使わず造花でセット内の無料,アクセサリーは長さが少しあわなかったけど写真をとる時に自分で見た目だけ調節する事にして少しの追加料金でいいように節約節約の挙式準備で夢がないな~って感じで疲れはてていました。

結婚直前に仕事をやめることにしていたので、引き継ぎやらで仕事も忙しくてブライダルエステなんて行ってないし(時間があってももったいないから行かなかったかもだけど)記念に残る写真が撮りたくてすることにした式なのに疲れきった顔で写らないか心配だし挙式前はこれがマリッジブルーなのかと思うくらいブルーな気分が続いていました。

結婚式当日
結婚式の少し前が記念日だったので入籍だけ先にすませていたので新居にはときどきお泊りしていて当日も仲良く二人で行きたかったけど、理由は覚えていないけど夫と険悪になっていて前日はお互いの実家に泊まって私はメイクやら時間がかかるので一人先に行きました。

車をもっていないのでノーメイクで帽子をかぶって早朝からバスと電車に乗って一人で行く結婚式。なんか切なかったのを覚えています。

気分があがらないままメイクをしてウエディングドレスに着替えて個室で一人待っていた時、暇だから携帯をみていたら親友からメールが!
今日が結婚式って話した記憶がなかったので、なんだろう?こんな時に~って思いながらメールを見たら
「今日は結婚式だよね。おめでとう~、お幸せに!!一緒に写真撮りたかったな。」と書いていて、ビックリしたのと私もウエディングドレスで一緒に写真撮りたかった・・と涙が出てきました。

しばらくして、会社の子からも「今日は結婚式ですよね。おめでとうございます。ウエディングドレス姿きれいだろうな~」とメールが。

そういえば二人とも結婚式の日を一度聞いてて答えたけど、かなり前に話しているから覚えているのはお祝いメールをしようとメモってくれていたんだな~と本当に感動しました。

ブルーな気分で迎えた結婚式だったけど、二人のおかげで幸せな気持ちで結婚式を行うことができました。
二人に感謝!